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高松高等裁判所 平成5年(ネ)50号 判決

主文

一、原判決を取り消す。

二、被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付物件目録記載の各土地について、真正な登記名義の回復を原因とする控訴人の持分権(九分の一)の移転登記手続をせよ。

三、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

1. 控訴の趣旨

主文同旨

2. 控訴の趣旨に対する答弁

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

二、当事者の主張

左に訂正、付加するほか、原判決の事実及び理由第二に摘示のとおりであるから、これを引用する。

原判決二枚目表一行目の「本件土地」を「原判決添付物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という)と改め、同五行目の「三分の一」の次に「、以下「孝光」という」を、同九行目の「所有権移転登記」の次に「(以下「本件登記」という)を、同一〇行目の「原告は」の次に「、後記和解により、その相続分を失い、」を加え、同枚目裏五行目及び八行目の「本件請求」をいずれも「本件回復請求権」と改め、同三枚目表五行目の「和解」の次に(以下「本件和解」という)」を加え、同枚目裏五行目の「相続」を「本件」と改める。

理由

一、原判決の事実及び理由第二の一ないし四について

1. 本件土地につき、本件登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

2. 成立に争いのない甲第二号証、第三号証の一ないし九、第四号証の一ないし四、原審証人中川剛の証言及びこれにより成立の認められる甲第一号証、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

(一)  亡タカは、本件土地を所有していたところ、昭和二六年四月一一日死亡した。

(二)  亡タカの相続人は、六男政一(相続分三分の一)、婿養子孝光(相続分三分の一)、孝光の妻でタカの長女中川ヒサヱ(昭和一九年六月一四日死亡)の代襲相続人である長男控訴人、二男剛、三男中田正身(いずれも相続分九分の一。ただし、後記のように、控訴人は、本件和解により、その相続分を失った。)であった。

(三)  控訴人は、平成二年六月一日、剛から、その相続分九分の一を譲り受けた。以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二、同第二の五について

1. 前掲各証拠、成立に争いのない甲第一六号証の一、二、第一九ないし第二七、第二九、第五四号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一〇号証の一、二(官署作成部分の成立は争いがない。)、三(書込部分を除く。)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一)  本件土地は、亡タカが、跡取り息子の政一及びその妻子らと同居していた建物の敷地になっていたもので、亡タカ死亡後、右建物には、政一やその家族の者が、引き続き居住していた。

(二)  政一は、亡タカの遺産(以下「本件遺産」という。)に属する本件土地その他の不動産について、亡タカの相続人である孝光や、代襲相続人である控訴人、剛、中田正身(以下「控訴人ら三名」という。)に無断で、遺産分割協議書を作成し、昭和三二年一一月九日、相続を原因とする自己単独名義の所有権移転登記(本件登記を含む。)をなした。

(三)  控訴人ら三名の父である孝光は、極めておとなしい性格で、タカの跡取り息子である政一を、いわゆる本家の主であるとして一目置く意識が強く、同人に対し、積極的に遺産分割要求をするようなこともせず、また、控訴人ら三名に対しても、亡タカの遺産について、何らの説明もしなかったため、控訴人ら三名は、いずれも、自分たちが代襲相続権を有することすら知らないでいた。

(四)  孝光は、政一から、香川県〈編集注・以下略〉(孝光が耕作していたこともあって、前記相続を原因とする政一名義の所有権移転登記はなされないままであった。)のち約七坪が、町道拡張のため、買収の対象となったので、その部分につき、孝光及び及び控訴人ら三名に相続分のないことを証する書面を作成してもらいたい旨の依頼を受け、昭和五〇年一〇月ころ、そのことを控訴人ら三名に伝え、その際、控訴人ら三名は、初めて、自分らが代襲相続人の地位にあることを知った。

(五)  その後、控訴人と剛は、遺産分割の希望を有していたが、遠隔地に居住していたことや、ためらい等があって、容易に踏み切れないでいたところ、控訴人は、昭和五五年九月末ころ、本件遺産の範囲や、本件土地を含む所有名義の変更等が明らかになった(剛は、そのころか、それより後に知った。)ことから、本件遺産に属する本件土地その他の不動産につき有する相続分九分の一に基づき、調停を経て、昭和五六年一二月、政一(昭和五七年六月二八日死亡し、その相続人らが訴訟継承)及び同人から本件遺産に属する不動産を譲り受けた被控訴人その他の者に対し、所有権更正登記手続を求めて訴を提起し、第一審で勝訴判決を得た後、控訴審である高松高等裁判所において、本件土地につき、被控訴人の所有に属し、控訴人が何らの持分権を有しない旨等を内容とする本件和解(同裁判所昭和六〇年(ネ)第一二二号)が成立した。控訴人は、右被控訴人との和解の内容について、自己固有の相続分に基づき、その範囲で訴訟を終了させる趣旨のものと理解していた。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2. 被控訴人は、民法八八四条前段、後段の適用により、本件回復請求権は消滅した旨主張する。

しかしながら、数人の共同相続人の共有に属する相続財産たる不動産につき、そのうちの一人が、他の共同相続人らの意思に基づかずに、単独名義の相続登記をなした場合、その者の本来の相続分を超える部分につき、その者に相続による持分があると信じるべき合理的な事由がないときは、民法八八四条の適用がなく、その者又はその者から当該不動産を譲り受けた者は、同条前段、後段による時効、除斥期間を援用して、自己に対する相続権侵害の排除の請求を拒むことができないものと解するのが相当である。

本件については、右認定の事実によると、政一は、控訴人ら三名その他の共同相続人の承諾を得ることなく、同人らに無断で遺産協議書を作成して、本件土地の所有名義を政一の単独名義にしたのであり、かかる事情のもとにおいては、政一が単独相続したと信じるにつき合理的な事由がある場合には当たらないものというべきであるから、政一から本件土地を譲り受けた被控訴人による相続権侵害の排除を求める控訴人の本訴請求については、民法八八四条の適用がないことに帰する。したがって、この点に関する被控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

3. 被控訴人は、自己が、政一の相続登記を信頼して、本件土地を買い受けた善意の第三者であるから、民法九四条二項の類推適用により保護されるべきである旨主張する。

しかしながら、右認定の事実によると、本件土地につき、政一名義に相続登記がなされていることを剛が知ったのは、控訴人がそのことを知った昭和五五年九月末ころか、それより後であって、その後本件登記がなされた昭和五六年七月八日までが、長期間の放置に当たるものとはいえず、しかも、不実の相続登記を存続せしめることを明示又は黙示に承認した事情のないことが明らかであるから、他に特段の事情の認められない本件においては、民法九四条二項の類推適用を認めるのは相当でなく、この点に関する被控訴人の主張は、理由がない。

4. 被控訴人は、控訴人が、本件和解において、本件土地が被控訴人の所有に属することを確認したので、本訴において、剛から譲り受けたものであっても、本件土地の相続分を主張することは、信義則に反し許されない旨主張する。

しかしながら、本件和解において、控訴人と被控訴人との間で、本件土地につき、被控訴人の所有に属し、控訴人が何らの持分を有しない旨定めた条項は、その当時における当事者間の法律関係の確認を主旨とするもので、控訴人が、他の共同相続人から本件土地の相続分を譲り受け、それに基づく権利行使までも禁ずる内容のものとは解し難いうえ、控訴人も、自己固有の相続分に基づき、その範囲で訴訟を終了させる趣旨のものと理解していたことや、請求の趣旨及び原因、本件和解に至るまでの諸事情等に照らすと、控訴人の本訴請求が、信義則に反し許されないものということはできない。したがって、この点に関する被控訴人の主張は、理由がない。

5. 被控訴人は、政一の占有に自己の占有を併せ、民法一六二条一項により、本件土地を時効取得した旨主張する。

しかしながら、数人の共同相続人の共有に属する相続財産たる不動産につき、そのうちの一人による単独の自主占有が認められるためには、その者が、他に相続分を有する共同相続人のいることを知らないため、単独で相続権を取得したと信じて、当該不動産の占有を始めた場合など、その者に単独の所有権があると信じるべき合理的な事由があることを要するものと解するのが相当である。

本件についてみると、政一は、他に控訴人ら三名その他の共同相続人のいることを知りながら、あえて、同人らの承諾を得ることなく、同人らに無断で遺産分割協議書を作成することにより、本件土地につき自己単独名義の相続登記をなしたものであることは、前記説示のとおりであるから、同人単独の自主占有は成立するに由ないものというべきである。したがって、この点に関する被控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三、以上の次第であるから、控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容すべきである。

四、よって、右と異なる原判決は相当でないから、これう取り消し、控訴人の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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